最高裁判所第一小法廷 平成6年(行ツ)236号 判決 1997年2月13日
埼玉県大宮市中釘二二五七番地
上告人
株式会社 共和製作所
右代表者代表取締役
高須弘安
右訴訟代理人弁護士
岩谷彰
同弁理士
鈴木秀雄
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 荒井寿光
右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第一五六号審決取消請求事件について、同裁判所が平成六年九月七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人岩谷彰、同鈴木秀雄の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件訂正審判請求が不適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)
(平成六年(行ツ)第二三六号 上告人 株式会社共和製作所)
上告代理人岩谷彰、同鈴木秀雄の上告理由
一 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背、判断の遺脱、理由不備、審理不尽、重大な事実の誤認、証拠採否の法則違反等の違法があるから、破棄を免れないものである。
二 上告理由(一)(実用新案法三九条四項ただし書の一般的解釈の誤り)について
1 原判決は、実用新案法三九条四項ただし書の解釈として、上告人の主張は、「無効審決が確定したとしても、そのとき既に係属中の訂正審判についてまでその請求の利益を失わせるのは合理的でないから、このときには同項ただし書の適用をせず、訂正の要件が備わっている限り訂正の審判をすべきであり、確定した訂正審決を確定した無効審決に対する再審事由とすることにより、無効審判と訂正審判の両制度の調和が保たれる.」とするものであると判示する(原判決第三五頁第一八行~第三六頁第六行).
しかしながら、上告人は、単に無効審決確定前に係属中の訂正審判であれば、無効審決が確定したとしても、その請求の利益は失われず、従って同項ただし書は適用が除外されるべき、などと主張しているのではなく、「無効審決確定前に係属している訂正審判であることことは勿論、更に少なくとも、無効審判請求との関係で、時機に遅れた請求でない場合には、同項ただし書の適用は除外され、その請求の利益は保護されるべきである。」と主張するものである(原判決第一六頁第1行~二十行。 原審で提出の上告人の準備書面(第九回)等総合観察。).
けだし、上告人は、「無効審判と訂正審判とが同時に係属した場合において、その審理の順序(先後)及び無効審決確定による係属中の訂正審判の請求の利益の有無については、法文上明文の規定がないので解釈により決定されることとなるが、いずれか一方に偏することなく、無効審判請求人(権利の効力を受ける第三者)と訂正審判請求人(権利者)の双方の利益の調整を合理的に図るという観点から衡平且つ合理的・合目的に決せられるべきである。」(原審における、平成六年七月一三日付原告(上告人)準備書面第四頁第六行~第十三行)との立場、及び、「例え請求内容が訂正要件を充足し無効理由を覆し得るものであったとしても、当該無効理由が以前からはっきりしていてその審理が進み審決をするに熟したときになって或はその後に審判請求する等当面の無効理由に対し時機に遅れたり、審理に時間的な余裕がない場合には、訂正審判請求人の不利益よりも訂正審判優先による無効審判の審理の遅延という無効審判請求人の被る不利益の方が大と目されるから、訂正の利益が失われても仕方がないといえる。」(同準備書面第六頁第十行~十八行)との立場を採っているからである。
従って原判決は、実用新案法三九条四項ただし書の解釈についての上告人の主張を誤認ないし正解せず、これを前提として上告人の主張の当否を判断しているものであるから、重大な事実誤認に基づき判断遺脱、審理不尽ないし理由不備の違法を有している。
2 一方、原判決は、右ただし書の解釈としては、次のイ又はロの解釈を採用することが相当であると判示する。
イ 「無効審決が確定した以上、実用新案権は、初めから存在しなかったものとみなされるのであるから、訂正審判の請求は、たとい無効審決確定時に既になされている場合にも、何らの留保なしに、その目的を失い不適法となり、それに係る審決取消訴訟は訴えの利益を失う.」(最高裁昭和五七年(行ツ)第二七号 昭和五九年四月二四日第三小法廷判決・民集三八巻六号六五三頁及び最高裁昭和五九年(行ツ)第三一六号 昭和六十年三月一二日第三小法廷判決参照。)(原判決第三六頁第一九行~第三七頁第八行)。
ロ 「上記改正前の実用新案法の下では、無効審決確定前から既に係属していた訂正審判の請求であっても、無効審決が確定すれば、その請求は目的を失い一律に不適法となるものである.」(原判決第四六頁第二行~第五行)。
しかしながら、右原判決の判示する解釈のイ中の「何らの留保なしに」の点とロ中の「一律に」の点が、前記上告人主張の「無効審判請求との関係で、時機に遅れた訂正審判請求でないこと」を含んだ判断であるのか否か不明であるが、もし含んでいないのであれば、これによっても原判決には判断遺脱、審理不尽ないし理由不備の違法を有していること明らかである。
もし含んでいるのであれば、右解釈は失当というべきである。その理由は次のとおりである。
(1)実用新案法三九条四項の規定には、右イ・ロの趣旨を明示乃至示唆する記載はなされておらず、むしろ同規定の体裁と文言からはこれを上記上告人の主張のように理解する方が極めて自然というべきである。
(2)原判決は、訂正審判制度の設けられた趣旨として次のとおり判示するが、右イ・ロの解釈はこの判示に矛盾乃至抵触し認められないというべきである。
即ち原判決は、「実用新案法において訂正審判制度の設けられた趣旨は、権利の一部に瑕疵があるため瑕疵のない部分も含めて権利全体が無効になるのは権利者にとって酷であること、明細書あるいは図面に誤記や不明瞭な記載がある場合には、誤解が生じたり権利範囲があいまいとなったりして、権利者にとって不都合が生じうると同時に、第三者にとっても好ましくないことから、権利者に自発的にこれらの原因を事前に除去させることにより、権利者と社会一般の利益の調和を図ろうとする点にあると解される。 したがって、これを権利者の側から見れば、無効審判により自己の権利に向けられる攻撃に対する防衛対抗手段という要素を濃厚に有する制度であるといわなければならず、この制度が、権利者に対し、その程度はともかく、無効審判に対する防衛対抗手段を保障することをその目的の一つとすることは明らかである。」と判示し(原判決第三四頁第九行~第三五頁第四行)、且つ「訂正によって無効の避けられる実用新案権については、訂正を許した上無効を避けさせることが、訂正審判制度を設けた趣旨に合致することはあきらかであり、」と判示する(原判決第四二頁第七行~第九行)。
斯かる訂正審判の制度趣旨乃至存在意義については、そのとおりであると上告人も是認するところであるが、しかるに、無効審判請求に対し時機に遅れずに請求され同時に係属した訂正審判であっても、無効審決が先に確定してしまえば最早その請求の利益が喪失するとした場合には、右訂正審判の制度趣旨乃至存在意義は全く没却され、強いては実用新案制度の根幹を揺がす由々しき事態に繋がるから許されないというべきである。
けだし、無効審判請求に対し時機に遅れずに請求した訂正審判請求は、無効審判の遅延を招いて第三者に不利益を与えるものではないし、それが訂正要件を充足し無効理由を回避できるものであったならば、訂正によって無効を避けさせるという保障がなされて然るべきであるにも拘らず、無効審決の確定によって請求の利益を喪失させ本来無効となるべきでないものを無効とさせてしまうのは、無効審判に対する防衛対抗手段を保障するという訂正審判制度の目的乃至機能を無に帰せしめるのみならず、それによって本来許されるべきでない権利侵害行為を野放しにするという結果に繋がるからである。
しかも斯かる不合理な事態は、本件訂正審判の特殊な具体的事情で挙げたように、無効審決の確定まで意図的に審理を棚上げにしておくという不当な行為により引き起こされること必至であるというべきである。
従って上記原判決のイ・ロの解釈は、原判決が判示する右訂正審判の制度趣旨に矛盾乃至抵触し許されないところであり、少なくとも無効審判に対し時機に遅れることなく請求し同時に係属した訂正審判に対しては、無効審決が確定しても、実用新案法三九条四項ただし書の適用を除外し、訂正要件の充足性の審理をなして決着させるべきである。
(3)また原判決は、「改正前の実用新案法が、無効審判あるいはそれに係る取消訴訟と訂正審判あるいはそれに係る取消訴訟とが同時に係属している場合のそれぞれの審理の進め方につき、何らの定めもしなかったのは、訂正によって無効の避けられる実用新案権については、訂正を許した上無効を避けさせるという訂正審判制度からの要請と、結果的に無意味な訂正審判の請求、すなわち無効審判の結論に影響を与えない訂正審判の請求のため、本来無効とされるべき実用新案登録が無効とされる時期が遅れるのを極力避けるべきとする無効審判制度からの要請という、相反する要素を有するその各要請の調和を具体的事件の実情に応じて図り、その事件についての最良の結果を得ることを、それぞれの審理を担当する者の裁量と運用に全面的に委ねたからであると見ることができ、またこのように見るのが最も合理的であるというべきである。」旨の判示をするが(原判決第四三頁第十三行~第四四頁第二行)、前記イ・ロの解釈は、この判示とも矛盾乃至抵触し許されないというべきである。
なぜならば、無効審判に対し時機に遅れずに請求し、無効審決の確定の遅延を招く虞のない訂正審判請求であっても、無効審決が確定すれば却下してよいとなした場合には、もしそれが無効理由を回避するに十分な訂正要件を充足し本来無効とされるべきでない実用新案権であったとしても、本来成立しない筈の無効審決の確定によって無効とされてしまうことになり、これでは右判示がいうが如き、相反する訂正審判と無効審判の要請の調和を具体的事件の実情に応じて図り、その事件についての裁量の結果を得るなどということは到底不可能であり、むしろ訂正審判の要請を全く無視し逆に無効審判の要請を不当に養護する最悪の結果を招くからである。
また右判示は、それぞれの審理の進め方について、それぞれの担当者が適正な裁量と運用を図ることを当然の前提として成立するものであるが、前記イ・ロの解釈はむしろ裁量の逸脱を招くこと必至というべきこと上記のとおりである
(4)原判決は、「最高裁昭和五七年(行ツ)第二七号判決、最高裁昭和五九年(行ツ)第三一六号判決及び最高裁五九年(行ツ)第二五一号判決は、無効審決が確定したときは訂正審判が係属中であってもその請求は目的を失い不適法となることを、何らの留保もなく明示している。」とするが、誤りというべきである。
なぜならば、右最高裁の判決は、係属中で無効審判に対し時機に遅れない訂正審判請求であっても、無効審決が確定すればその請求は目的を失い不適法となるなどということを判示していないし、これらの判決では右の点が争点となっていないからである。
従ってこれらの判決は、前記上告人の解釈を排斥するものではないし、本件の先例とはならないということができるる。
よって原判決は、この最高裁の判決に違反するというべきである。
しかし、右最高裁の判決は、正に至当というべきである。けだし、もし無効審決が確定しても、それ以前に係属している訂正審判請求には実用新案法第三九条四項ただし書の適用が一律に除外されるとしたならば、無効審決の確定寸前に無意味な訂正審判の請求が頻発し、徒に無効審決の確定の遅延を招くという不都合な結果に繋がるからである。
(5)最高裁昭和四八年六月一五日第二小法廷判決は、「無効審判と訂正審判の審理の先後は審判官の裁量に委ねられており、常に先ず訂正審判の審理を先にしなければならないと解すべき法的根拠はない。」旨判示するが、原判決の前記イ・ロの解釈はこの判示に照らしても失当というべきである。
なぜならば、原判決のイ・ロの解釈では、つまるところ裁量権が適正に行使されずに審理を放置することによって本来無効となるべき筋合いにない実用新案権が無効とされる事態となったとしても、これを妥当として是認せざるを得ないということとなる。しかるに、右最高裁の判示では、「常に先ず」との枕詞を被せていることから明らかなように、訂正審判の審理を先行させる或はその審理を必ず必要とする場合もあり得ることを示唆していることはあっても、審理をせずに放置しておいてもよいなどということを是認するようなことは全く看取されないからである。
この最高裁の判示も、徒に無効審決の確定を阻止するに過ぎない時機に遅れた訂正審判の請求を阻止するところに趣旨があるというべきである。
(6)原判決では、「平成五年法律第二六号による改正により、無効審判と訂正審判の両制度の連係が明定され、無効審決確定前に既北係属している訂正審判につき、無効審決確定によりその請求の利益が失われることは制度的にありえないものとされるに至った(特許法新一二六条一項、同新一三四条二項)が、斯かる改正が行われたこと自体、改正前においては、制度上無効審判と訂正審判を全く別個のものとし両者の連係を認めない解釈を採用するのが自然であったことを意味すと理解することができ、そのため上記の改正の事実は上記イ・ロの解釈の採用の妨げにならない。」旨判示するが(原判決第三八頁第一六行~第三九頁第一五行)、そのような解釈が合理的であるとする必然性がない.
むしろ逆に、改正前においては、両者の連係を認めるべき下地が制度上あったから、つまり訂正審判制度が無効審判との関係をそのように明定すべき存在意義を有していたから、必然的にそれを明瞭化すべく改正がなされた、と解するのが自然であろう。
従って、改正前においても、少なくとも無効審判に対し時機に遅れることなく請求されて同時に係属している訂正審判請求については、無効審決確定により請求の利益が失われることがあってはならないと解するべきである。
三 上告理由(二)(本件における特殊な具体的事情を考慮に入れなかった誤り)について
1 原判決では、「上記改正前の実用新案法の下では、無効審決確定前から既に係属していた訂正審判の請求であっても、無効審決が確定すれば、その請求は目的を失い一律に不適法となるものであり、他方、上記改正前の実用新案法が、無効審判あるいはそれに係る取消訴訟と訂正審判あるいはそれに係る取消訴訟とが同時に係属している場合のそれぞれの審理の進め方につき、何らの定めもしなかったのは、前記二つの相反する要素を有する要請の調和を、具体的事実の実情に応じて図ることを、それぞれの審理を担当する者の裁量と運用に全面的に委ねたからであると解すべきであることは、前述のとおりである。
このことからすれば、上記改正前の実用新案法の下では、訂正審判事件の具体的状況により不適法にならない場合があることを制度的に全く予定していないものと解するのが相当であり、仮に原告主張の事実があったとしても、そのことが、無効審決確定後における訂正審判の適法な存続の根拠になりうる余地はないものといわなければならない。」と判示する(原判決第四六頁第二行~第一九行)。
(1)しかしながら、実用新案法第三九条四項ただし書の解釈について、上告人は、単に無効審決確定前に既に係属していた訂正審判請求であれば、無効審決が確定しても、その請求の利益は失われないと主張しているのではなく、更に少なくとも無効審判請求に対し時機に遅れた訂正審判請求でない場合には、無効審決が確定してもその請求の利益は失われないと主張しているのであるから、原料決には、上告人の主張を誤認乃至正解しないという重大な事実の誤認に基づきその主張の正否を判断している、従って判断遺脱、理由不備、審理不尽の違法を有していること前述のとおりである。
また、仮に「一律に」の点が「無効審判請求に対し、時機に遅れた訂正審判請求でないこと」を含んでいたとしても、斯かる原判決の解釈が誤りであることも、前述のとおりである。
そして、改正前の実用新案法が、規定がないので、無効審判と訂正審判が同時に係属している場合の審理の進め方を、それぞれの審理の担当者の裁量と運用に全面的に委ねていたとしても、これはその裁量と運用が適正になされることを当然の前提としているこというまでもない。 さもないと、改正前の実用新案法が予定している無効審判と訂正審判という相反する要素を有する両者の要請の調和を、前記裁量と運用により、具体的事件の実情に応じて図るなどということは到底実現しないからである。
(2)すると、原判決は、実用新案法第三九条四項ただし書についての誤った解釈と、無効審判と訂正審判が同時係属の場合の審理の進め方について当然に前提とされている適正な裁量を何ら考慮することなく、それらに基づき、「上記改正前の実用新案法の下では、訂正審判事件の具体的状況により不適法にならない場合があることを制度的に全く予定していないものと解するのが相当である」との結論を引き出したものであるから、この結論は明らかに誤りである。
(3)仮に、無効審判に対し時機に遅れることなく請求した訂正審判であっても、無効審決の確定により請求の利益が失われる場合があり得るとしても、その場合は適正な裁量と運用がなされた上でのことというべきであるから、訂正要件の充足性の判断がなし得るにも拘らず、意図的に審理を放置した等の裁量権の濫用という特殊な事情があった場合には、その例外として不適法にならない場合を改正前の実用新案法の下でも予定しているものと解すべきである。
しかるに原判決は、前記の誤った結論の下に、本件訂正審判の審理において上告人が主張する「意図的に審理を放置した等の裁量権の濫用」の事実の有無を全く考慮することなく上告人の主張を排斥したものであるから、判断遺脱、審理不尽、理由不備の違法を有しているものである。
本件では、<1> 別件無効審判において、審判長による昭和六二年四月一三付無効理由通知に、請求人主張の無効事由とは全く異なる新たな職権審理に基づく無効事由が記載されていたことから、訂正の必要性を認識しこれに対応するためになされたものであり(この無効理由通知に接するまでは、請求人主張の無効事自由では、訂正の必要性が全くない状況であった)、訂正審判の請求は昭和六二年七月一六日で、無効理由通知に対する意見書の提出期間内になされたものであるから、本件訂正審判の請求は、別件無効審判に対し少しも時機に遅れたものではない。 <2> しかも本件訂正審判の請求から本件審決(平成三年六月十日)がなされるまでの間には三年九か月の期間が経過し、無効審決の確定(平成二年一二月四日)までの間でも三年五か月の期間があり、これは訂正審判の審決までの平均的審理期間は約一年十か月であるから(甲第三八号証の三)(実質的審理期間はこれよりずっと短い)、訂正要件の充足性を審理し審決を出す時間的な余裕は十分すぎるほどあったにも拘らず、 <3> 別件無効審決取消訴訟の推移を見ているだけで、その上告がなされた段階になっても審理を全くせず、別件無効審決が確定するやいなや、突如として審理終結通知を送付し、不適法な審判請求であるとして請求却下のなしたものである。
斯かる事実に鑑みれば、如何に無効審判と訂正審判との審理の進め方は審理担当者の裁量に委ねられているといっても、本件では意図的に審理を放置したこと明らかであるから、適正な範囲を逸脱し裁量権の濫用も甚だしく、本件審決を取消し実質的な審理に付すべきといわねばならない。
しかも本件訂正は、訂正内容から明らかなように、本件考案の実用新案登録請求の範囲では一部の構成に上位概念で記載されたところがあるため、そのままでは形式的に文言解釈された場合に、上記無効理由通知で引用された第一引用例や周知例の一部の構成が含まれていると誤って認定されるおそれがあるので、そのおそれを無くすべく、前記構成の一部から第一引用例や周知例の一部の構成に該当する部分を除外し本来の考案の要旨に適合させて減縮したものであり、その限定した構成は実用新案登録請求の範囲の構成が本来的に予定しそれに限定されるべきものであるから、何ら実質的に実用新案登録請求の範囲を変更するもので無いことは勿論、その減縮した構成を第一引用例が採り得ないこと物理的に明らかであるから、訂正を認める審決が出されれば、上記無効理由通知記載の無効事由では本件実用新案権は無効とされない事情にあったので、原判決がいう上述の訂正審判制度の趣旨に照らせば、尚更その訂正要件の充足性の審理がなされなければならない筋合いのものであった。
2(1)被上告人は、「本件訂正審判において、審判官は、悪意によって審理を放置していたわけではなく、本件訂正によっても本件無効理由は解消できず、したがって、本件訂正は格別意味のある訂正ではないとの認識を抱いており、他方、訂正要件の一つである訂正後の考案が独立して登録を受けられるものであること(実用新案法三九条三項)についての判断は、本件無効審決の取消訴訟の審理における判断とも密接に関係することもあるから、上記審理の推移を見ていたのである。 このような行為が審判官に委ねられた裁量の範囲内にあることは明らかであるから、」と主張する(原判決第三二頁第一六行~第三三頁第六行)。
しかしながら、この主張は失当というべきである。なぜならば、
無効審判の審理対象は、飽くまで訂正前の請求範囲記載の構成であって、訂正に係る請求の範囲記載の構成は訂正審決がなされない限りそれについて無効理由の有無の判断がなされることはなく、無効審判の審理は訂正審判とは別個になされるのが現状であるからである。 まして、訂正要件の充足性に疑問を抱いているなら、速やかに訂正拒絶理由通知をなして(実用新案法で準用する特許法一六四条)、請求人である上告人に意見書の提出を求めるべきであったのであり、そうするのが訂正審判制度の趣旨に照らして当然の措置であったのである。
しかるに、無効審判ではなくその審決取消訴訟、あまつさえ上告に至ってまでその審理の推移を見ていたというのは、無効審判と異なり無効になってしまえばやり直しの利かない訂正審判に鑑みれば言語道断というべきであり、斯かる意図的な審理放置は裁量の範囲を逸脱し、濫用も甚だしい違法行為であるから、本件審決は取消を免れないものである。
(2)そして、斯かる審理対象を異にする無効審判乃至その審決取消訴訟の推移を見て審理を放置するという裁量権の濫用による違法行為によって、本来的に無効となるべきでなかった実用新案権を無効に至らしめた場合には、侵害訴訟で勝訴を得ていても、逆に反訴請求により損害賠償をしなければならない義務を負うという不合理な事態につながること必定であるから、斯かる本件審決は、憲法第二九条、同三一条(同一三条を合む。)、同三二条に違反し許されないというべきである。
3 この被上告人主張の、無効審判事件の推移を見ていて訂正審判の審理を中断していたとの点に関連して、原判決は次のように判示する。
(1)「本件訂正の内容が、本件明細書において明示されていなかった事項であって本件考案の出願当時の技術水準に照らせば自明ともいえる事項を明示する程度のものであることは原告の自認するところであり、原告はその旨を本件訂正審判の手続においても強調していたのであるから(甲第三号証の一~六)、
訂正前の状態で本件考案が引用例からきわめて容易に考案できることを理由にその登録が無効とされるべきものであるならば、
訂正後の同考案も同じく引用例と技術水準とからきわめて容易に考案できるとの無効事由を有することになる見込が大きいことになり、出願の際独立して実用新案登録を受けることができるものであるとの訂正要件(実用新案法三九条三項)に欠けることが容易に予測され、」と判示する(原判決第四六頁第二十行~第四七頁第十三行)。
しかしながら、この判示の冒頭の段の点は、全くの事実誤認である。 上告人は、斯かる点を自認していたなどということはない。本件訂正内容は、本件明細書に明示されていない新規事項を付加するものではなく、訂正前の実用新案登録請求の範囲の構成がその配管構成から本来的に予定し(記載されているに等しい)それに限定されるべきであるにもかかわらず、上位概念で広く記載きれているため引用例や周知例の構成もそれに含まれるとの誤った解釈がなされるおそれがあるので、右訂正内容のものに限定して減縮し、引用例や周知例と同一構成と思われる部分を除外したものである。 そして、付加した部分たとえば水道やフロートバルブそれ自体は、出願時の技術水準である本件考案に先行する洗車装置に用いられていたものであるが、訂正後の「水道から自動的に給水を受けて貯湯式ボイラーで加熱して温水を常時一定水位に貯湯し、配管にて外部に接続した温水タンクに自動的に給湯し、温水タンクから送湯ポンプに温水を供給する」という配管構成を採用した洗車装置は、全くの新規の構成であり、引用例と右技術水準とからは斯かる配管構成は到底想到し得ないものである。 即ち、引用例と本件考案とはボイラーに対する水源とポンプへの配管給湯構成が根本的に異なり、引用例のボイラーは大気に開放されていて元々水道に接続して自動的な給水を受けられないものである。そのために、水道に接続せず人為的に使用毎に間欠的に給水を受けて加熱し、温水タンクを介さずにボイラーから直接にポンプへ給湯する配管構成を採っているのである。
ところが、本件考案の訂正前の請求の範囲では、ボイラーに対する給水源として単に「水源」と広い概念で記載され、温水タンクも単に温水タンクと記載されていて内蔵されているフロートバルブの記載が脱落しているため、別件無効審判では本件考案の水源は自動給水源でなく引用例と同様の間欠的給水の非自動給水源でも良い、温水タンクはフロートバルブがなく給水制御がなされないものでも良いと文言解釈し、引用例や周知例に基づき容易に考案ができるとして無効にした。 しかし、本件考案では、訂正前の考案は、引用例と異なり、ボイラーからポンプへの給湯を外部に配管接続した温水タンクを介して行うことを必須の構成となしており、この場合引用例のような非自動給水源ではボイラーがら温水タンクへの給湯を行うことができない.ボイラー内の水位が温水タンクへの接続配管のレベル以下となったときは自動的な給水がなされないので、最早給湯できないこととなるからである。 従って訂正前の本件考案でも、水源は自動給水源でなければならず、そのため温水タンクは給水制御が図れるフロートバルブ付のもの(尤も、洗車装置においてフロートバルブの無い温水タンクなど存在しない事情にある。)でなければならないものであったのである。 別件無効審判では、斯かる当前のことを無視され、形式的文言解釈により無効にされたというのが実情である。
本件訂正審判でも、斯かる事情は説明したつもりである(甲第三号証の一~六)。
従って上記原判決の判示は、本件の訂正内容の技術内容について重大な誤認をなしており、それを前提として訂正要件の充足性を判断しているものであるから、誤りであり違法である。
(2)また原判決は、以上の点を前提として、「本件訂正内容は、出願の際独立して実用新案登録を受けることができるものであるとの訂正要件に欠けることが容易に予測され、そうなれば、本件訂正審判の請求が認められるべきか否かは、訂正前の状態で本件考案に無効事由が存するか否かと表裏一体の問題であるともいいうることになるから、このようなとき、訂正審判事件を担当する審判官が、この点についての判断をするに当たり、審理の先行している無効審判事件の推移を見つつ、判断の抵触等が生ずる可能性を避けようとすることは、必ずしも不合理とはいえず、」と判示する(原判決第四七頁第十行~第二十行)。
しかしながら、この判示も、前段の訂正内容は出願時に独立して登録を受けられないから訂正要件に欠けるとの誤った認定判断を前提として後半の結論を得ているものであるから、明らかに誤りである。
しかし一般論として仮に訂正要件を充足しないとの確かな認定判断が得られた場合であったとしても、無効審判事件の推移を見て訂正審判の審理を放置するというのは、合理的ではなく、訂正拒絶理由通知という制度があるのであるから、それに基づき請求人の意見を求めるべきであり、恣意的に審理を放置したことには変わりがないから、やはり裁量権の濫用に当たり違法というべきである。
四 上告理由(三)(証拠採否の法則違反)
本件訂正内容は、訂正後の考案が独立して登録を受けることができるとの訂正要件に欠け、無意味な訂正であるとの認識を抱いたので無効審決取消訴訟の推移を見て、審理を中断したとの被上告人の主張に接したので、上告人は裁量権の濫用の主張の立証に関し、特に右「本件訂正内容は、独立して登緑を受けることができるとの訂正要件に欠ける」と判断した根拠は何かとの点を立証するべく、平成六年七月一三付口頭弁論期日において、裁判長に、別紙証拠申出書(証人)(甲第四十号証拠)に基づき当時の担当審判官への証人尋問の採用を申し出たが、合議の上、必要なしとしてその申し出は却下された。
しかしながら、右証人尋問申請書に基づく証人の証拠調べは、上告人主張の裁量権の濫用の主張に関し右訂正要件欠くとの根拠を立証する唯一の証拠方法である。 従って右証人申請の申し出の採用を拒否した決定は、唯一の証拠方法は却下してはならないとする証拠採用の法則に違反するものであるから、原判決は破棄されるべきである。
五 以上のとおり、原判決には実用新案法三九条四項ただし書を誤って解釈適用した法令違背を有し、また、認定判断における重大な事実の誤認、判断遺脱、理由不備、審理不尽、証拠採否の法則違反という違法を有しており、これらは判決に影響を及ぼすこと明らかな違法であるから、破棄されるべきである。
以上
(添付書類-甲第四〇号証-省略)